プロフィール

荒井(ABO)誠 ディジュリドゥ

ヨーロッパを放浪中の1970年代初頭に、イスラエル人の経営するブリュッセルのライブハウスの常連になっていた荒井は、日本人が起こしたイスラエルの空港でのテロの後、躊躇しつつも思い切っていつものように店に入っていった。テロによって多くの犠牲者が出たイスラエルの人々はきっと日本人を憎んでいるはず…。しかし、ドアを開けるといつものように皆温かく迎えてくれた。
音楽に国境はない…。
言葉さえ通じなくても良い。
同じ音楽を楽しむという空間(スペース)を共有している…。
荒井は、「これだ…」と強く思い、そして後にJIROKICHIは誕生した。

様々な伝説となるかのようなライブ、イベントを行って多くのミュージシャンを輩出し、全国的に名の知られるライブハウスとなったJIROKICHIを、荒井はスタッフに任せ、再び旅に出る。そしてオーストラリアで見つけたのが原住民アボリジニの民族楽器「ディジュリドゥ」であったのだ。『何か』を探していた彼に、強い感動を残した大地に響くその音。何もかも解き放つかのような空間を創り出す低音は新鮮な驚きだった。

循環呼吸という特殊な呼吸法を使って吹き続けるという演奏法も、ハードな練習によって習得し、ユーカリの木で作られたディジュリドゥを持ち帰り帰国した彼は、すぐに活動を開始。
現在では彼のオリジナル楽器として認知されている日本の竹を使ったディジュリドゥを制作し、全国を旅しながらディジュリドゥの普及に力を注ぐようになる。

イベントへの出演やワークショップの開催、映画音楽のレコーディング等、次第に活動の幅が広がったディジュリドゥプレイヤーとしての荒井は、ついに自らの店に出演する一流ミュージシャン達との共演という新たな挑戦に身を投じていく。

こうした流れの中から「ディジュリドゥ・マジック」という一つの形が出来ていったのである。徐々に作られていった曲の構想などが具体化しつつあった時の中心メンバー、ドラム&パーカッションの永原元、日本の現在のジャズシーンを引っ張る存在の三好功郎とトリオでの北海道ツアーの時、一連のセッションで演奏されていた曲は完成に近づく。
そして、多くの観客を興奮させるほどの名演を繰り広げた。そのツアーでのライブが、1stCD「ダイチノコトヅテ」なのだ。


メロディを吹くことの出来ないディジュリドゥという楽器へのアプローチに試行錯誤を繰り返しながらも、彼らは見事なマジックを生み出した。伝統のあるライブハウスのオーナーとして、そしてミュージシャン“ABO”としての荒井誠の人間的魅力・気迫が最高に表現されているのではないだろうか。

ミュージシャン達とのセッションをはじめた頃、荒井は21世紀を迎える直前の12月にスペシャルライブを行った。
JIROKICHIと深い関わりを持つ偉大なジャズピアニスト、本田竹広、そして友人の画家大石博に声を掛け、漆喰で白く塗られたステージの壁を前にディジュリドゥ、ピアノ、そしてウォールペインティングでのセッションが敢行された。
3人の演奏がクライマックスへと進むと同時に壁には大きな月のようなイメージを思わせる絵が現れたのであった。

 

JIROKICHI HP http://www.jirokichi.net/
Didgeridoo Magic HP http://sound.jp/abo/

CD「ダイチノコトヅテ

東京のライブハウスの老舗、JIROKICHIのマスター荒井“ABO”誠。
彼のライフワークとしてスタートさせたBAND、ディジュリドゥ・マジックの初のフルアルバムが遂に完成。(9/25より発売中)民俗音楽、JAZZ ROCK…幅広いメンバー達が集結しABOと繰り広げる音魔術<ミクスチャー>の世界。
ベストライブだった2001年、北海道モシリでのライブを完全収録。