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4歳よりクラシック・ピアノを習い、絶対音感を身につける。8歳から英会話を習い始め、中学・高校と短期留学し英語を学ぶ。中学の頃よりパンク、ロックを聴き始め、その後70'sのディスコ・クラシック、60'sのオールディーズ、50'sのロックやカントリーウェスタンと、時代を溯って様々な音楽に興味を持つ。特に、ジャンプ/ジャイブやコーラス・グループ(DOO WOP)には、多大な影響を受ける。そして、18歳のときにサラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドに出会い、ジャズに開眼。大学在学中より、都内のライヴ・ハウスやジャズ・クラブでヴォーカリストとして活動をスタート。エリカ・バドゥ、ローリン・ヒルやジル・スコットなどの影響を受け、オリジナリティーあふれるステージを展開。 2001年、各社争奪戦の末、ユニバーサルジャズと契約。ニューヨークでの名門レーベル"ヴァーヴ"の会議で認められ、フランスにて伝説的プロデューサー、アンリ・ルノーのもとでレコーディングを行う。そして、6月にアルバム『ガール・トーク』でデビュー。スイングジャーナル誌選定<ゴールドディスク>に選ばれたこの作品は、オリコンのジャズ・チャートにて初登場1位を獲得。7月には全国4大都市にてデビュー記念ツアーを実施。その甘く,華やかな歌声は、瞬く間に日本中のジャズ・ファンの注目を一気に集めた。8月、ピアニスト/作曲家の大野雄二氏のマキシ・シングルに、フィーチャリング・ヴォーカルとして参加。10月、早くもブルーノート東京にて2DAYSライヴを実施。11月、新録やリミックスを収録したスペシャル・アルバム『アップストリーム』をリリース。そして2001年末、『ガール・トーク』が2001年度のスイングジャーナル誌主催ジャズ・ディスク大賞<ニュー・スター賞>を受賞。 2002年5月、ロンドン録音による初のマキシ・シングル『ウォーターズ・オブ・マーチ』をリリース。スウィング・アウト・シスターがプロデュースした同曲は、英語曲としては異例の「CDレンタル組合推薦曲」に選ばれる。6月、シングル曲2曲を含むセカンド・アルバム『ヒップ ポップ バップ』をリリース。本作も、オリコンのジャズ・チャートにて見事1位を獲得。7月に行った発売記念ツアーでは、各地でジャズとしては異例のスタンディング・ライヴを敢行し、大きな話題を集める。シング・ライク・トーキングの佐藤竹善氏のソロ・アルバム『CORNERSTONES 2』に、デュエット・ヴォーカルでゲスト参加。 2003年2月、オール・ニューヨーク録音によるアルバム『akikoズ・ホリデイ』をリリース。ジャズの本場NYの若手ミュージシャンと共に、古いジャズ・スタンダードを新鮮なアレンジで取り上げたこの作品は、スイングジャーナル誌選定<ゴールドディスク>に選定された。7月には昨年同様、東名阪でスタンディング・ツアーを実施。8月発売のロック・バンド「キャロル」のトリビュート・アルバムに参加し、「ファンキー・モンキー・ベイビー」を英語で大胆にカヴァー。ジャズをベースに、ますますその活動の幅を広げている。 同年 10 月には、世界的化粧品ブランド“エスティローダー”が今後世界的な活躍が期待される日本人女性に贈る「デファイディング ビューティ アワード」を受賞。同時期にリリースした 4th アルバム『ムード・スウィングス』では、かねてからリスペクトしていた人気 DJ 須永辰緒をプロデュースに迎えて、自身の考える“不良ジャズ”を表現。同年度のスイングジャーナル誌主催ジャズ・ディスク大賞<ボーカル賞 ( 国内部門 ) >を受賞。ヴォーカリストとしての類まれな力量と、ジャンルにとらわれない懐の深い音楽性・・・そのフレッシュな才能は各方面から大きな注目を集めている。
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