プロフィール ごめんね "ごめんね"は2000年頃に結成され、これまでメンバーのスケジュールが合う時を見計らって断続的に4年間続いてきた。後藤はもともとオルガン好きで、 91年に口ニー・スミスを迎えてアルバムを作ったこともある。その頃の日本のシーンには、気軽に共演できる日本人オルガン奏者はほとんどいなかった。今でもオルガン奏者は他楽器奏者に比べて圧倒的に少ない。その状況下でメンバー探してバンドを作ろうというのは不可能だった。 「雄太くんが24、 5才くらいの時に出会いまして。コりゃいいや、若くてピチビチしてるし、古いことも知ってるし」と思って。それで雄太くんに声を掛けて始まったんです」 新旧織り交ぜながら時代感を孕みつつ前進していく。それを奇を衒わない基本編成で、ナチュラルな心持ちでやりたいという後藤の長年の希望と構想は、金子雄太を得たことによって具体化した。金子は、トラディショナルなジャズ・オルガンに造詣が深く、ポップスやヒップホップなど時代と同期した音楽にも対応できる現代感覚を備えている。それはオレンジペコー、 keyco、ライムスターなどのサポートや客演という彼のここ数年の活動が証明している。オルガンと相性の良い楽器といえばギターに決まっているのだが、ブルースができないプレイヤーは音もハートも好きじゃないと言う後藤にとって、ブルースとはなにかを知っている橋本信二のギターの青色は是非ともほしかったに違いない。旧知の仲だったそうで、気のおけない間柄だったのだろう。小泉高之とは学生時代からの古い知り合いだという。ブルーノ・カー(後藤のl作目に参加したドラマー)のローディのようなことを小泉はよくやっていたことがあり、後藤は”ごめんね”にブルーノ・カーのようなサウンドがほしくて、彼のようなサウンドを叩き出す小泉を誘うことにした。こう見ていくと、後藤は、ジャズができるプレイヤーというよりは、ブラック・ミュージック(ジャズ、ブルース、ヒップホップ含む)総てに共通する核となるエッセンスを持っているかどうかを基準にしてメンバーを集めたといえる。だから、そんなメンバーから出てくるサウンドは、ミズとも言えるし、どこかジャズからはみ出してもくる。でも核があればどうはみ出してもいいし、最初にバンド名で謝ってしまってしいるから、なんでもありなのだ。 2004年10月What's New Recordsから「TOKYO NIGHT BEAT」をリリースした。
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後藤輝オ(テナーサックッス) |
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橋本信二(ギター) 1948年1月9日生 東京都台東区出身 高校時代より、いろいろな音楽に親しみ、仕事として演奏し始める。 その当時、グラント・グリーン、ジョー・パス、を好み、その後、ジョン・コルトレーンとチャーリー・パーカーを聴いて深く感動を受ける。 70年代後半より本格的にライブハウスで活動を始める。 その後、音楽学校にて10年間ギターを教えながら自分がどういう音楽を奏でればいいのか、その答えを見つけ、現在は都内のライヴハウスにて活動。 常に自分の歌を余すことなく奏で上げることを心がけており、エモーショナルなプレイを聴くことができる。現在、高田馬場に Blues & Jazz のお店 Gate One をオープン。 自己のカルテットで、月に4回演奏中。 |
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金子雄太 (ハモンドオルガン) 1971年9月24日生。神奈川県出身。 7才から鍵盤楽器のレッスンを受け、22才から本格的にジャズオルガニストとして活動を開始。 一年間のアメリカ滞在によって、ジャズ・ブルーズ・ソウル・ファンクなど黒人音楽に完全に傾倒するようになり、以来リズムに重点を置いた演奏スタイルで活動の幅を広げている。 2001年9月、自己のバンド「AQUAPIT」でライブCDをリリース。 同年11月ソニージャズからデビューした「小沼ようすけ/nu-jazz」のCDに全面参加。 古き良きスタイルを踏襲しつつも、新しいオルガンジャズに挑戦中。 |
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