-----ボーカリーズがとてもすばらしいですが、通常のボーカルと比べてボーカリーズの難しさは何ですか。
ありがとうございます。ボーカリーズの難しさは、旋律が楽器のソロに基づいているので、歌を作曲するときには考えつかないような音域の広さと音のインターバルがあらゆるところに散りばめられていること。そして、ときどきトランペット奏者とかがやってのける超速16分音符フレーズなどに載せた歌詞でも言葉ひとつひとつが明確に聞き取れて、お話として聞き手に伝わるように歌うことですね。
-----スキャットとボーカリーズの違いを判りやすく教えてください。
スキャットとは、声を楽器のように使った即興の歌唱法。楽曲のコード進行に基づいて、かつ周りの楽器の音やリズムにも反応しながら、自分の創造力を駆使してその場・その瞬間に旋律を紡いでいく作業です。たとえば私のCD「VOICE」のなかで言うと、 「I Mean You」の2コーラスめや、「On a Clear Day」 の冒頭部、「Sugar」の3コーラス目はスキャットです。
ボーカリーズとは、楽器による過去の優れた即興演奏(アドリブ、ソロともいいます)でレコーディングが残っているものの旋律をメロディーとして用い、それに歌詞をつけて歌う、ジャズボーカル独特の手法のこと。CD「VOICE」では、 「Cantaloupe Island」 の3、4、5コーラス目はHerbie Hancock のEmpyrean Isles というアルバムでのレコーディングでFreddie Hubbard が見せたトランペット・ソロにJuanita Fleming が近年歌詞をつけたものです。「Infant Eyes」 の2コーラス目は Wayne Shorter が Speak No Evil というアルバムで見せたサックス・ソロにDoug Carn が歌詞をつけました。Doug自身も自分のアルバムでJean Carne のボーカルを起用してレコーディングしています。
-----“CANTALOUPE ISLAND”はフレディー・ハバードの高度なアドリブをボーカリーズしています。苦労したことなどありますか。
5コーラス目の速いフレーズです。There are solutions all the time that you must recognize and find which one is right for you to take の部分。作詞者のJuanita Flemingは私のボーカル・コーチで、もともとはこのコーラスはFreddie Hubbardが吹いた旋律ではなくて比較的歌いやすいメロディーに書き換えてあったのですが(そうでないと誰も歌えない=この歌詞が世に広まらないということで・・・)、私が「オリジナルに忠実にしよう」と特にリクエストして、レッスンの合間にふたりで書きかえました。
-----ボーカリーズやスキャットは、バックのミュージシャンとのコンビネーションが重要だと思いますが、本作のメンバーの紹介をしてください。
ピアノは、Lou Rianone。2009年4月にニューヨークのWomen In Jazz Festivalに出演したときにほかのバンドで弾いていたピアニストです。私の当時のピアニストがサウンドチェックに遅れて、Louに急遽サウンドチェックへの参加をお願いしたらあまりに演奏が素敵で、それ以降Louには頻繁に仕事をお願いしています。そして本作のレコーディングもLouにお願いしました。
ベースは高梨学さん。アコースティックもエレクトリックも非常にうまく、ソウル音楽もジャズも見事に操る、頼れる方です。1998年人生初のレコーディングでも、前作2007年のCD「One Love」のレコーディングでもお世話になりました。
ドラムはDoug Richardson。Dougにも初めてNYに到着した1998年からお世話になっていて、ドラマーながらにしてピアノや作曲・アレンジにも長けている、独自の音楽観をもった才能ある人です。「VOICE」の製作に深くかかわってもらい、アレンジも数曲提供していただきました。
ギターはKevin McNeal。いつギターを手にとっても抜群のトーンによるメロディアスな旋律が次々と出てくる、それでいてとても腰のひくい、やさしいお兄さんです。彼の奏でるソロは音楽性が特に高くて、いつもとても勉強になります。
そしてオルガンはGreg Lewis。巨大な体中を音楽の喜びに満たしてオルガンをうならせてくれる、これぞオルガンの極意と思う演奏をするソウル・ブラザーです。彼自身も最近デビューアルバムとしてThelounious Monkの曲を集めた「Organ Monk」を発表し、話題を集めています。
-----深尾さんは、ネイティブのように英語の発音がすばらしいですが、米国在住は永いのですか。米国で活動しようとした思ったきっかけは何ですか。
1998年からアメリカと日本を頻繁に行き来しています。最初から英語にそう困った覚えはないのですが、すでにプロとして日米で頻繁に活動していた 2006年、 初渡米当時に半年間ボイストレーニングをうけて以来ずっとご無沙汰していたJuanitaのもとに再びたどり着いたところ、「今の6倍英語がうまくならないといけない」と一喝。それからJuanitaのもとに毎週通い、ふたりでコツコツとアクセントを取り除きディクションを明確にする作業が始まりました。ほんの少しの成果が見えるのにまず半年はかかり、そして4年たった今でも所々指摘が入ります。なので、英語の発音は、単にアメリカに永く住めばよくなる、という類のものでもないように思います。ほかの地方の人が関西弁を練習して話そうとしてもどうもぎこちないのが気持ち悪いのと同じ(笑)で、リスナーの許容範囲というのは結構小さい。徹底的に取り除いたと思ってもところどころに出る僅かなアクセントがようやくオリエンタルな個性として面白く受け入れられるようです。そして、やってみて分かりましたが、他国語から来るアクセントを除くのはもちろん、英語で美しくクリアーに歌うにはネイティブスピーカーでもトレーニングが必要。そのコツをつかんだ人の歌は聞いてすぐ分かります。ディクションがよくなると、音程もよくなります。
アメリカに来たもともとのきっかけは、大学在学中に5つ年上の兄が亡くなって、私自分が将来に迷い、何か突き抜ける必要があったことだと思います。とりあえず家業のことも考えて法律の勉強をしていた大学4年生のときに「音楽が好きならニューヨークに行けば」と囁いてくれた人がいました。その言葉をきっかけに目標ができ、必死に勉強して大学卒業後すぐに資格試験だけまず片付け、家族・親戚との連日の口論でも消えないニューヨーク熱におされて、最終的に父から「半年だけ」と許しをもらって初めてNYに渡りました。今ほどに音楽を真剣に志してはいなかったんですけど。とりあえず動きたかったんです。
半年でいったん帰国しましたが、本場で体験した熱い音楽と私が当時自分の技量で日本で出来ることの間に大きなギャップがあり、いい音楽を自分で作れるようになるまでNYに浸かって来ようと2000年に再び渡米しました。
-----ニューヨークでの歌手活動の楽しさ、厳しさを教えてください。
お客様の種類が多種多様なのはとても面白く、たとえばローカルの黒人客とヨーロッパやアジア系の観光客と私の友人ニューヨーカー達がごっちゃになった聴衆相手に日本人シンガーの私がジャズでもてなすのは、考えるだけで楽しいですね。お客様の反応がダイレクトで分かりやすいことは、楽しくもあり、もちろん厳しくもあります。大当たりすると、セットの合間で次々と「よかったよ!」と迷いなく声をかけてくれるし、いまひとつ演奏の息があわなかったりしてエネルギーが伝わらない曲の後のなどは、お客さんの反応も正直なもの。ジャズは生もの。
世界でもトップクラスの実力の持ち主ながらとても気さくなミュージシャンが街にあふれていて、そういう方々がローカルの仕事でも都合がつけば引き受けてくれるのもニューヨークで活動する醍醐味です。優れたミュージシャンほど腰が低く、みんな誰でも駆け出しの時期があることを十分に分かっていて、言葉で若手にだめ出しするかわりに、大切なエッセンスを心底感じ取れるような演奏を自らやってみせてくれます。いこういう人たちと現場を一緒にくぐるのは、かけがえのないレッスンです。
数年前よりアメリカでのアジア人の地位が向上したおかげで「アジア人シンガーだから雇わない」ということはあまりなくなりました。それでもアジア人シンガーというのは、残念ながらアメリカのジャズ界やラジオ局の間では総じてかなり評判が悪く、私のCDの表紙に私の日本人顔と日本語の名前が載っている時点で「聞く価値なし」と判断されることはざら。よって、まずCDを聞いてもらうまでが大変。ただでさえジャズボーカルアルバムは市場を出回る数が多くてうんざりされるので、なんとか粘って数ヵ月後にでも少しでも聴いてもらうまで、分厚い壁をあの手この手で打ち破らないといけない。これは最近はすっかりゲームの感覚です。一曲聴いてもらうと、「こんなアジア人シンガーは聴いたことがない」という驚きも手伝って応援してくれるようになるのはありがたいことです。
たとえば次のCD評の率直な冒頭部。これが私たち日本人シンガーがアメリカで面する現実なのです。CDカバーのオリエンタルな見た目からして疑いつつ聴いてみたらびっくりした!という経緯、そして最後には「2010年のベスト女性ジャズボーカルアルバムだ!」と言い切ってくれました。日本のシンガーのみなさん、アメリカのジャズ評論家たちをこれからますます驚かせてあげましょう!!!
Taeko - VOICE: Whenever I look at a jazz CD cover in the Orient (particularly when they come from Japan, for some reason), I almost automatically have expected it to be all cover tunes that are (either) poorly executed or backed up with bands that can't-----ite "make the grade". &, yes, I know that's not "PC" - but that's not our forte here at this magazine... & I'll tell you right now, this young lady has GOT IT! Whether she's doing Herbie Hancock, Monk, a Taeko original composition, or a Japanese jazz song - it's all very pleasantly done, with superb ratings on both talent and energy. She relocated to NYC during the late '90's, and has clearly learned her lessons well... just listen to her spirited singing on Marvin's "Inner City Blues " - clearly brings the fact to light (again) that "The Man" still has his arms wrapped 'round everything... I mean, she OWNS this performance of Gaye's classical soul tune! It doesn't hurt that she's joined by some players we know already (Greg Lewis on organ; Kevin Mcneal on guitar), but the even 11 tunes (+ one bonus track) very nicely feature her superb vocal talent... this isn't a set of tunes you'll relegate to the bottom of your playlists anytime soon. The tune that struck me as favorite track was Stanley Turrentine's "Sugar "; whether you like puns or not - jazz just do NOT get any sweeter than this. A very, VERY cool jazz vocal album that gets my MOST HIGHLY RECOMMENDED rating, as well as my "PICK" for "best female jazz vocals" in 2010.
--Dick Metcalf IMPROVIJAZZATION NATION
-----最近のニューヨークのジャズ事情、話題についてお聞かせください。
ジャズクラブはどこも生き残りをかけてブッキングにとても気を使っていて、淘汰されてきている感があります。
最近はジャズ・アット・ザ・リンカーンセンターのお抱えクラブ、Dizzy‘sが毎晩連日満席で賑わっています。また、観光客とコロンビア大学の学生と地元民にしっかりとささえられたセントニクスパブのような、カバーチャージがない、もしくは安く、朝まで熱い演奏がきけるライブハウスも人気です。
近頃は不況の影響で、ツアーなどのメジャーな演奏機会が全体的に減ってきたので、有名なクラブでなくても、ローカルのライブハウスやレストランなどで一流のミュージシャンが弾いていることもますます多くなりました。それに遭遇したらラッキー。
近年は、1910年代〜1930年代生まれの、ジャズの黄金期をリアルタイムに生き抜いてきたジャズミュージシャンたちが老齢を迎えられ、お亡くなりになるニュースが増えました。5月にはジャズピアノの巨匠Hank Honesが亡くなり、8月には偉大なジャズシンガーのAbbey Lincolnが亡くなり、どちらもジャズ界に大きな衝撃が走りました。ジャズというアートが、その黄金期を築いた世代のミュージシャンや、それにあわせてボールルームで踊り明かした世代のジャズファンたちに別れを告げる時期に来ています。私のNYへの到着があと10年おそかったら、こういう方々に触れる機会を完全に逃していたところ。まだご健在のうちにこういう方々から学べることを学びたいと思っています。
-----あなたが影響を受けたミュージシャンは誰ですか。日頃聞いているCDを教えてください。
師匠のJuanita Fleming はもちろん、Barry Harris が毎週火曜日にニューヨークで行っているワークショップには宝物が詰まっていて、時間を見つけては行くようにしてます。Barryはまだ元気ですが、やはり高齢なので、ご健在のうちにワークショップに通わねば、と焦ってしまいます・・・。
ジャズシンガーBetty Carterが歌うときのバンドとの一体感や彼女の生き方、CD「VOICE」の製作にかかわってもらったDoug Richardson と、 かのQuincy Jonesの創造力にあふれる音楽観にはとても影響をうけていると思います。
最近よく聴いているCD...
Milt Jackson の「People Make the World Go Round」、 Sonny Rolling の「Sonny Rollins Plus 4」、 Joe Henderson の 「Inner Urge」、 Shirley Horneの 「You Won’t Forget Me」 、 Carmen McRae の 「Carmen Sings Monk」、 Betty Carter の 「Audience with Betty Carter」、 Danny Hathaway の「Live」、 Michael Jackson の 「Off the Wall」、 Qincy Jones の 「Walking in Space」、 Abbey Lincoln の 「A Turtle’s Dream」。
-----あなたが、歌う時にいつも心掛けていることは何ですか。
Tell the story. 音にのせて、オーディエンスのみなさんにお話を聞いていただくこと。
そして、なにかひとつでも心に残るフレーズもしくは演奏中に一緒に感じた温かい感覚を心のお土産にもって帰っていただくこと。
-----今後の抱負を聞かせてください。
日本人だからこそ提供できることを頭の片隅で模索しながら、ジャズという即興音楽がもつ力で世界を元気にしていきたいと思っています。明日もがんばろう、と思ってもらえるように、同じお客様がまた次にライブにお越しくださるときまでに少しでも成長していられるように、一生精進です。
来年6月には日本のみなさんへの感謝の気持ちを込めて、ニューヨークジャズの醍醐味を味わっていただく「深尾多恵子ニューヨークジャズツアー」を行います。(お問い合わせ、お申し込みは jazztour@songbirdtaeko.com までメールにてご連絡ください。)ゆくゆくは世界の方々に日本のジャズ熱と文化を味わっていただくツアーを企画したり、日本に世界各国の一流ジャズメンが会するようなフェスティバルを企画できたら面白いだろうな とか、やりたいことは尽きません。 一回きりの人生、しかも私は兄のぶんも背負ってますから二人分もっているので、これからも片っ端からやりたいことをやっていくつもりです。もちろん大切な両親のことも常に考えながら。
読者のみなさん、これからも永い間このお祭り騒ぎにお付き合いくださいね。