
Hitomi (Ts) 080511
石田幹雄 (Pf) 08.04.07
中垣あかね (Vo) 08.02.17
安井さち子 (Pf) 08.1.26
鈴木良雄 (B) 07.11.17
井上陽介 (B) 07.10.17
秋谷えりこ (Pf) 07.9.20
井上ゆかり (Pf) 07.4.20
安富祖貴子 (Vo) 07.3.9
市原ひかり (Tp) 06.8.25
白崎彩子 (Pf) 06.6.6
寺井尚子 (Vl) 06.1.2
増尾好秋 (G) 05.8.25
この記事は音楽配信サービスMaXMuseに掲載されたものですが同サービスが終了となったので筆者のサイトにアーカイヴとして掲載するものです。
Q.JazzCityレーベルをプロデュースされたきっかけとポリシーから聞かせてください。
増尾.まず、JazzCityをネット復刻配信してくれるのはうれしいね。ファンからこのアルバムを入手したいのだがどうしたらいいかといった問い合わせが結構あるんだ。ネットで購入してできるようになれば有難いね。
僕は、1971年 アメリカへ渡り自分のバンドを作ったりS.ロリンズのグループに参加したりしていた。
1978年にはロックバンドのようなパワーフルなサウンドをつくり上げElectric Birdレーベルから「セイリング・ワンダー」などをリリースしてきた。それまで僕はジャズといえば年上のミュージシャンばかり聞いていたのだけ、同世代のミュージシャンとしてビートルズが出てきてとても新鮮に感じた。ジミー・ヘンドリックスやロリンズのグループで出演したモントルー・ジャズ・フェスティバルで聞いたサンタナにも惹かれていたんだ。
それも解散してヤマハのDX-7やシークエンサーなどに興味を持っていた頃友人がスタジオを手放すことになり僕がテイクオーバーしたんだ。
1986年、現在のパートナーになっているシティレコードの有賀氏からN.Y.でレコーディングしたいという話がありそれに乗ったのが実質的なスタートだね。
以来、1年間10枚、3年間で30枚のプロデュースをおこなってきた。
また、優れたレコーディング・エンジニアのデイビッド・ベイカーの協力を得られたのも大きな成功要因だね。彼は僕と誕生日が同じという縁もあり非常に信頼できるエンジニアだった。残念ながら去年亡くなってしまったけど。
Q.ミュージシャンはどのように決めたのですか。
増尾.僕がいいなと思うミュージシャンを集めた。
最初の2作はミッドタウンにあった他のスタジオを使用したんだけどピアノの音が気に入らなくて僕のスタジオのピアノを使ってレコーディングしたらとてもいい音で録れたんだ。丁度、SONYからDATが出た時期で僕はそれを日本で2台購入していたのを初めて使用してみた。一発録りだよ。一発録りはレコーディング後の直しが効かないからミュージシャンは真剣勝負で気合を込めてバーットやる。ジャズには適したやり方と思うね。
同じエンジニア、同じピアノを使ってレコーディングしたので一味違ったものが出来たと思う。
ギターはアンプで音をつくるけどミキシングボードも同じだ。シンセサイザーで音楽をつくったりすることもやっていたのでプロデュースにはそんなに抵抗はなかった。
プロデュースは人の音楽をつくることだけど僕はミュージシャンとして自分の音楽をつくって来たのでやっている側の気持ちがわかる。だから、なるべく現場ではミュージシャンにリラックスしてもらい、やりたいようにやらせるようにしてきた。
指示したのは、収録曲に、オリジナルや既成の曲に加えPOPSなど最近の曲も1曲いれることを依頼したくらいだね。
Q.MaXMuseでの初回配信は12タイトルですが、このなかで特に印象に残っているレコーディングについて話を聞かせてください。
増尾.ひとつひとつ心を込めてつくったのでどれと言われても困るんだが、トミー・キャンベルの「マイ・ハート」は、彼がロリンズのグループのドラムをやっていたこともありレコーディングの話を持ちかけたんだ。メンバーで参加しているケビン・ユーバンクスは当時新人だったけど今ではトゥナイトショーというTVの番組でバンドリーダーをやるなど人気者だ。チャーネット・モフェット(Ds)やアイデン・エッセン(Pf)も注目された新人だったね。
ケニー・ドリューJr(Pf)は、1986年の冬、フロリダのキーウェストという島で彼のトラで僕がギターで参加したことが縁で知り合いレコーディングを持ちかけたんだ。「レインボー・コネクション」が彼の1stアルバムだよ。
その外、ケビン・ヘイズ(Pf)やビル・スチュアート(Ds)の1stアルバムもJazzCityから出ている。
僕のアルバムも1枚出しているけど、「サトル・ワン」というタイトルだがJazzCityとしては最後にリリースしたものだ。この頃は、ミュージシャンとしての活動から遠ざかっていたこともあって自分の思ったようにギターが弾けない時期だったね。僕は学生時代ウェス・モンゴメリーにあこがれて指で弾いていたんだけど、渡辺貞夫さんのグループに入って様々な演奏をこなさなければならなくなり、ピックを使うようにしたんだ。でも、ピックはあまり得意じゃないんだね。このアルバムでは昔に戻って全曲指で弾いている。
Q.増尾さんはニューヨーク在住が永いのですが、日本とニューヨークとの違いは何ですか。
増尾.アメリカに渡って30年になるけど、演奏をやるときは日本もアメリカも同じだね。ただ、誰とやるかが違ってくるということかな。
今回の帰国ライブも来る前にどうやろうか一応考えてくるけど、うまくいくときとそうでないときがある。スポンテニアスに1曲目から行くとうまくいく。
自分のペースで100%できることをいつも心がけているんだ。だから、リラックスしていいバイブレーションを出すことが必要だ。そのためには、テクニックだけでなく精神状態をいい気持ちにすることが大事だ。
これからも楽器にこだわらずデリケートな部分で音楽をつくっていきたい。音楽は会話と同じで通じるときと通じないときがあるからね。
Q.今回の帰国ライブはどうでしたか。
増尾.ベースの岡田勉から彼の故郷の愛媛県 城辺で毎年コンサートがあって前から呼ばれていたんだど、今年、それに出演することにしたんだ。メンバーは、渋谷毅(Pf)峰厚介(Ts)岡田勉(B)村上寛(Ds)。当日は、すばらしいピアニストの渋谷さんとのデュオもやった。何の事前打ち合わせも行わなかたけど、2曲を演奏し、僕は歌も歌った。
これからも、年に1〜2回日本に来てプレイしたいね。
また、そろそろN.Y.で自分のバンドも作りたいと思っているよ。
Q.ところで新譜のレコーディングを行っていると百々徹さんから聞きましたが。
増尾.百々君は、非常にいいピアニストだね。僕のスタジオでレコーディングしたアルバムもでているよ。
僕のレコーディングは完了しており、どのレコード会社から出そうか検討しているところだ。ネットでの配信も考えられるね。
メンバーは「アー・ユー・ハッピー・ナウ」と同じラリー・ゴールディング(Org)、レニー・ホワイト(Ds)が参加しているけど普通のジャズアルバムではないんだ。ボーカルも入りかなりポップなサウンドになっていると思うよ。
今後は、ピアノトリオとのレコーディングもやりたいね。
Q.音楽のネット配信について伺います。日本ではまだまだ緒についたばかりですが、アメリカではかなり盛り上がっていると聞きます。ミュージシャンからみてネット配信についてどのようにお考えですか。
増尾.音楽がネット買えるなんてすばらしいことだね。1枚のアルバムのなかで好きな曲だけ選んで買えるというのはいい。
CDを買いに行くよりPCでかったほうが手軽だし、本当にほしいものはCDを買いにいけばいい。
現実的にはジャズのCDはそんなに沢山売れるものでないから、ネットでもっと多くの人が聞いてくれればいいと思う。ミュージシャンはいい音楽をつくることが大事で、出来た音楽を多くの人に聞いてもらえればそれでいいんじゃないか。
どうも、ありがとうございました。
増尾さんがますます音楽に対してピュアな気持ちでサウンド・クリエーションや演奏を行っていることがよく判りました。新譜が早くリリースされることを楽しみにしています。本日はお忙しいところありがとうございました。