
----- 昨年、鈴木リエから鈴木輪に改名されましたが、どのような思いで改名されたのですか。
開運です。(笑)
輪という字は人とのつながりを感じさせてくれます。「素敵な音楽の輪を広げたい。」
と、思いました。でも、この名前は人につけていただきました。私を見てひらめいた名前だそうです。
----- 「マイレヴァリー(My Reverie)」は、2005年の「Merry Christm song for you」以来のフル・アルバムですね。コンセプト、狙いはなんですか。
このレコーディング企画は私から言い出したものではないんですよ。
3年ぐらい前に、「はじめてのジャズのスタンダード」いう趣旨のライブがあり、その時、サックスでプロデューサーの後藤さんが一緒だったんですが、このライブ、とても良いライブになったんですね。で、その仕事の直後に電話がかかってきて、「今、ジャズやったらいいと思うよ。なんていうかさー、ジャズが歌える年齢になってる。ブルーなイメージなんだよねー。」みたいな、かなり漠然とした話をして、私の“スタンダードジャズ歌いたい”の波と重なったんです。
1987年にライブデビューしてから、スタンダード歌ったり、ポップス歌ったり、色んなジャンルの歌を歌っていました。1998年のファーストアルバムはジャズでした。2000年から2006年ぐらいはSpiritu lifeというバンドで、R&B系おしゃれジャズ(笑)をやっていたんですが、2007年ぐらいから独学でピアノの弾き語りを始め、スタンダードジャズって素晴らしいな。と改めて思いはじめていたんですね。
アルバムコンセプトで、最初に話合ったことは、“ピアノトリオはやめよう。ドラムもいらない。基本的に、このようなギターとヴォーカルのスタイルで行こう。アップテンポはやらない。無駄なものは省く!シンプルにシンプルに”。です。
----- 選曲がとても良いですが、いつもライブで歌っている曲ですか。
以前から歌っている曲は"Lover Man"と"Tea For Two"ぐらいです。
"Tea For Two"も長いヴァースから歌うことにしたので、ほとんど新曲のようなものですね。
"My Reverie"と" Born To Be Blue"と、"Too Close For Comfort"は全く知らない曲でした。後藤さんが、良い曲を教えてくれました。
----- ドリス・デイが歌っている曲が2曲(“Que Sera Serar",“Tea For Two” )ありますが、ドリスはフランク・シナトラ同様ジャズの範疇に収まらない偉大な歌手だと思いますが、いかがですか。
私の父がドリスデイが大好きで、それこそ、私が幼稚園の頃"Que Sera Sera"はじめ、
"Teacher‘s Pet"、"Sentiment Journey"を教えてくれました。私はドリスデイの映画を見たことがないのですが、たくさんの映画やテレビ番組に出て、多くの方に愛される素晴らしいパーソナリティーの持ち主だったのではないかと思います。包み込まれるような優しい歌が全てを物語っています。
----- バックのミュージシャン(片桐幸男 (G)、後藤輝夫 (Sax/Perc)、上田隆志 (B)、)とのコンビネーションがとても良いですね。各メンバーとはどのようなつながりですか。
3人共ものすごく、ブルースフィーリングのあるミュージシャンで、私が惚れた男です。(笑)
片桐さんは12年ぐらい前にR&B系のバンドでご一緒で、そのプレイに惚れまして、翌年に自分のライブやツアーに誘って演奏してもらうようになりました。
後藤さんは、10年ぐらい前にブルースアレイでの演奏を見て、「惚れたーー!」と思ったのです。で、1週間後ぐらいに、ピアノの続木さんのライブを見に吉祥寺のSometimeに行くと、そこにもまた後藤さんがいて、勝手にご縁を感じて、「はじめまして。先週、ブルースアレイでも演奏聴きました。」と、積極的な女になって「今度お願いしていいですか?」と言ってみたのがきっかけです。2004年リリースの「Love,Love,Love」でも2人には手伝っていただきました。
上田さんとは1999年にMeyouというユニットを結成し、一緒にオリジナル曲を制作するようになりました。その頃スタジオも立ち上げまして、仕事のパートナーとして運命共同体的な活動をしています。上田さんはR&BやBluesが得意なエレキベース奏者ですが、私のリクエストでウッドもやってくれるようになりました。腕のいいレコーディングエンジニアでもあります。
----- アレンジが素晴らしいですが、片桐幸男(G)が担当とクレジットされていますが、あなたのアイデアも盛り込まれているのですか。
まず、レコーディングのやり方を話させていただいて、いいですか?
レコーディングは1日1曲か2曲です。
プロデューサーの後藤さんが、最初に1曲だけ決めます。(最初は”Again”でした)
「”Again”やろう。譜面ある?」(後藤) 「ないけど、準備しておきます。」(私)と、いう感じで、とりあえず、1曲か2曲だけ譜面を用意し、自分のキーに直し、構成、エンディングも自分で決めておきます。で、コードは片桐さんが、チェック。
リズムのパターンやテンポもイントロもアイディアはみんなで出す。というやり方です。
だから、本当はアレンジは全員ですが、片桐さんの仕事量が多かったので代表で片桐さんの名前をクレジットしました。
1曲録音が終わると、また後藤さんが、「次、何聴きたいー?」(普通は何やる?ですが)と言って、候補曲を出して、譜面を準備する。→リハしながらレコーディングという繰り返しです。
これが、永遠に続けばいいのに。と思うぐらい楽しい作業でした。
----- ジャズとの出会い、ジャズ・ヴォーカリストになる勉強はどのようにしましたか。
父が洋楽好きで、家にたくさんのレコードがありました。父と一緒に釣りに行くのですが、魚を待つ間、色んな歌を歌ってくれました。(笑)そして、3つ年上の姉は電子オルガンとピアノを習っていて、スタンダードジャズや映画音楽、アメリカンポップスを演奏していました。おかげで、私も小学生の頃にたくさんの曲を聴いて、覚えました。中学でバンドをはじめ、ドラムをたたきながら歌っていました。ポップスです。
ジャズヴォーカリストになる勉強は特にやっていません。
何にも勉強もしないのに、コンテストでグランプリを受賞し、その後、ステージが決まっていくのですが、「譜面もないし、どうしよう!」でした。譜面どころか歌えるスタンダードも3曲ぐらいでした。(涙)で、紹介していただいたのが、渡辺晋とシックス・ジョーズのギタリストでアレンジャーでもあった松宮庄一郎先生です。いやぁ、私、当時は知らなかったですが、松宮先生はザ・ピーナッツの"恋のバカンス"の演奏で大活躍のギタリストだったんです。その先生が、私のために一生懸命譜面を書いてくれました。歌は習わなかったですが戦後のジャズの話、ピーナッツの歌の練習がどんなにすごかったか。など、貴重な話をして下さいました。
----- 19才の時浅草ジャズコンテストヴォーカル部門でグランプリ受賞したそうですが、その時の感想はいかがでしたか。
短大1年の時に吉祥寺の「赤いからす」というお店でバイトしようかな?と思って、お店に行くと、まだ閉まっていて、店の外に「浅草ジャズコンテスト」の応募用紙を見つけたのです。「ちょっとジャズ歌ってみようかな?」という気軽な感じで応募しました。テープ審査に受かり、本選へ。本選当日、譜面も持っていかなかったんですよ。
ジャズを習ったこともないし、スタンダードの曲って、譜面がなくても演奏する。ってどこかで聞いたことあるからいいや。という適当さ。バンドで歌うのも、初めてでした。怖いもの知らずの19才。でも、バンマスの大隅寿男さんは、OK!OK!と、言って下さり、メモリースタイルで、すごくノリノリでした。だから、グランプリはバンドのおかげ。私は生まれて初めてのジャズバンドに感動。楽しいステージだったと記憶しています。受賞した時、「私でいいんですか?」と言ったと思います。その日はうれしかったけど、すぐに試練が始まりました。
----- あなたが影響を受けたミュージシャンは誰ですか。日頃聞いているCDは何ですか。
影響をうけたのは父(ミュージシャンではないですが)と酒井俊さん。
酒井俊さんの歌も好きですが、俊さんの生き方に影響を受けました。
最近はCDも新しいものはあまり買わず、昔から聴いているものを繰り返し、聴いています。マービン・ゲイ、スティービー・ワンダー、ミニー・リパートン、ダニー・ハザウェイ、ロバータ・フラック、アレサ・フランクリン、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレエ、ダイアン・リーブス、ダイアン・シューア、ナタリー・コール、ジュリ―・ロンドン、ダイナ・ワシントン、ドリス・デイ、etc
----- 歌手以外に色々お仕事をされているようですが、教えていただけますか。
レコーディングスタジオ&ヴォーカルスタジオ“亀吉音楽堂”を経営しています。
上田さんと共同経営で、最初は小さいスタジオで、自分達の録音が出来ればいいよね。という感じだったのが、友達のミュージシャンの録音を手伝ったりしているうちにどんどん機材も増えて、防音スタジオがたまたま近所にあったのでそこを借りて一般営業をするようになりました。
昨年は古い木造一軒家をまるごとスタジオにする建築を行い、グランドピアノを入れて、録音とレッスンをするおもしろいスタジオを作りました。
私の仕事はスタジオ業務全般。HP制作・運営・管理をはじめ、フライヤーやジャケットデザイン。ヴォーカルレッスンはほとんど毎日です。
ヴォーカル教材の制作や生徒のCDのプロデュースもやっています。
近い将来、レコードショップ兼カフェもやりたいと思っています。
自分がコーヒー飲みながら良い音で、レコードを聴きたいからです。
こうやって楽しいことを考えるのが私の仕事です。(笑)
----- ジャズ・ヴォーカル・トレーナーとしてレッスンを行っているそうですが、ジャズ・ヴォーカリストとして大切なことはどのようなことですか。
発声、リズム、英語の発音などありますが、もっと大事なのは、人生経験ですかね?失恋したり、結婚に失敗したりして、心のひだにしわがいっぱい刻まれていく気がします。辛い経験も、歌い手には肥やしです。幸せな経験ももちろん大切。だから、色んな経験があればあるほど色んな歌を歌えるようになると思います。ドリスデイは4回も結婚して失敗しているんですよ。私も1回失敗しました。(笑)
19才の時、六本木アルフィーに出演していた私の歌を聴いた日野皓正さんにこう言われました。「10年ジャズやる気がないならやめたら?」と。悔しかったけど、軽い歌だったんだろうな。
----- ジャズ・ヴォーカリストとして抱負、今後の予定など教えてください。
.ここ何年か、忙しかったせいもあり、扁桃炎になったり、気管支の調子が悪かったり、声を出すこと、歌うことがとてもつらい時がありました。普通に歌えることがどんなに素晴らしいことなのか、ありがたいことなのかを感じています。体調管理をしっかりして、良い歌が歌えるように、頑張りたいと思います。このアルバム「My Reverieの輪」が広がりますように!
CD発売記念ライブはバンドでやります。レギュラー出演のお店では基本的にピアノ弾き語りです。HPなどでスケジュールをご覧ください。
■ 鈴木輪HP
■ ライブ・スケジュール
(2011.7.1)
以上