ネットで「矢野沙織、インタビュー」で検索すると1500件くらいヒットしますね。大変な人気でいつも同じことを聞かれて飽きていると思いますが。
いいえ、その都度聞いてくるところが違うので緊張しますね。
−そうこうしている内に飲み物が運ばれて来ましたが、ハーレムナイトの上にミルクでト音記号が書かれているのを見てうれしそうに携帯で写真を撮っていました。−
チャーリー・パーカーが大好きだそうですが、どのようなところが好きなのですか。
自然なんですよねチャーリー・パーカーは。体重を上手くかけているというか彼の演奏には力が入っていないんです。私が目指しているのも正にそこなんです。動く体重をポンと乗せてそのまま音楽にノレれる人っていうのは彼だけですね。
どんなときでも力んでないところがいいです。
でも彼の演奏はすごくパワフルですよね。
熱くないということではなくて力んでいないということですね。リズムに体重を乗せることが出来るんです。
パーカーのアルバムで好きなものは何ですか。
なにげに「ナウ・ザ・タイム」が好きですね。ダイアル盤も好きです。
パーカーはいつの時代のものを聞いても同じなんです。中には話しにならないという演奏もありますが、マスター・テイクについては時系列に追ってもそう変化があるとは思いません。シーンに登場してきた時から死ぬまで最高水準ですね。
パーカーのアルトにあって矢野さんのアルトにないものは何ですか。逆にパーカーになくて矢野さんにあるものは何ですか。
パーカーと私とでは1から10まで違うでしょうね。共通項はコーンのアルトを使っているというくらいです。
私の方にあるものといえば平穏な暮らしや女性であることといった根本的なことだと思います。
パーカーのスタイルを取り込んで、その上に矢野沙織の個性を打ち出そうとしていると思いますが。どのようなことを意識していますか。
そのようなことは考えていません。パーカーに近づこうとはしていますが絶対にパーカーにはなれません。彼は私にとって神様ですから。
個性というのは自然と私の演奏の中に入ってくると思っています。
個性を出そうとして出るものではないですし、出せるものではないですね。自分が個性的と思っても回りからそう思われなければ意味がないです。
でも矢野さんのプレイはパーカーを彷彿させるものがありますし、パーカーの完コピの演奏もやっていますよね。
チャーリー・パーカーに傾倒してはいますが、皮肉ではないのですがあれは私はパーカーとこんなに違うのだという意味であの”ドナ・リー”を録らせて頂いたのです。永年コピーしてきた曲ですが、やっぱりチャーリー・パーカーは凄いということを皆さんに知ってほしかったのです。
以前、日本のキャノンボール・アダレイと言われたことがありますね。どう感じましたか。
あれは、ジミー・コブさんとツアーでご一緒させていただいた時なんです。
コブさんという方はとても地味で寡黙な方なんですね。丁度、電車の中だったのですが私の方から話題を提供しようと思ってダメ出しを期待して「私の演奏はどうですか」と話しかけたんです。そうしたら、「パワーが少し足りないねというくらいしか僕には判らないけど」と言って下さいました。その話の流れで「僕はキャノンボール・アダレイと一緒にやったことがあるけど沙織はキャノンボールみたいだね」とポロっと仰ってくださったんです。とても嬉かったですね。
パーカーは1920年に生まれましたが、Bird with Strings [live]のレコーディングは 1950年、30歳の時です。あなたは、10歳ほど若い時期にレコーディングしたことになりますが。多分コロムビアから言われたのだと思いますが、どのように思いましたか。
実は、私が提案したんです。言ってみたら出来ちゃったみたいな感じです。すごく得した気分です。
ビリーの追悼アルバムを出したいということをまず言いました。その時、どういう編成でやるかという話になって私は斉藤ネコさんが大好きなのでネコさんのストリングスでやってみたいと言ったらその通りになっちゃったんです。豪華な人数でやらせていただいて言ってみて本当によかったと思っています。
斉藤ネコは椎名林檎などとの仕事で知られていますが、ビバップとの接点はないように思いますが。
ネコさんは色々な仕事をやっていらっしゃいます。何処まで行っても邦楽の音楽家なんです。なにか大正ロマンのようなものを感じさせてくれます。
今回のアルバムはビリー・ホリデイの追悼版ですが、ビリーの音楽はアメリカの演歌のようなもだと思うのです。歌詞をみると差別の悲しみなどとてもデリケート内容を含んでいます。そのような音楽を演奏するのにネコさんの力を借りたいと思ったのです。
日本人がアメリカの演歌を演奏する時にどのように敬意を払うかということを見てほしいと思いました。彼女の歌はビバップよりもっと昔のワークソングでもっと精神性の高いものだと思います。
アルト・サックスという楽器の特徴、アルトでなければ表現できない音楽ってありますか。
アルト・サックスやテナー・サックスは簡単な楽器で5年もやれば誰でも立派に吹けます。ですからよけいプロとしては難しいですね。世界中のアルト・プレーヤーがちょっとした音に関して細工をやっていますから、その上でどうのような演奏をするかということでハードルが高いですね。
1日に何時間練習していますか。
出来るときに出来るだけやろうと思っているので10分の時もあれば10時間のときもあります。特に時間は決めていません。
夕方以降はスタジオを利用することもありますがあまりやりたくないので朝、午前中からはじめて夜は9時くらいまでやることもあります。ツアーの時はめったにやらないですね。
あなたは音楽学校に行かないで独学のようですが、どのように勉強したのですか。
独学といってもちゃんとしたものではありませんでした。3年ほど前からジェームス・ムーディーさんに習っています。
その時はすでにCDを何枚もリリースしていたわけですが、ムーディーさんに驚かれましたね。こんなに知識のない人がお金をとって聞かせているのかって。
理論的にはまったく判っていなかったので、ドレミのドから習ったという感じです。
2週間のツアーの時も、朝起きてからはじめて、リハーサルも人より2時間くらい早く行って練習してリハーサルを行い、リハが終わってから本番までの間にまた練習、本番の後はライブハウスを借りることが出来ればライブハウスで練習というような毎日でした。
その後は、ムーディーさんのお宅に伺ってレッスンを受けたこともありましたが、いまだに事の重大さを私は判っていないのではないかと思っています。ジャズの歴史に残る大スターのムーディーさんに間近で親切にご指導いただき、奥様も近くにいらっしゃるし、いまでも「元気かい」って電話もかかってくるのですから。
この状況の重大さは60〜70歳になったときに判ってくるかもしれませんね。
NHKの海外向けの音楽番組「J-Melo」で矢野さんが出演していましたが、英会話がとても流暢ですが、どのように勉強しているのですか。
いや〜。あの番組に出演した時はすごく緊張しました。
英語については、中学の1、2年頃にヒップホップのローリン・ヒルみたいにしゃべりたいと思いました。彼女のよく使う言葉を日常生活に取り込んで口癖にのようにしゃべっていたら英語が話せるようになりました。
映画やインタビューなどは大変参考になりましたね。
今後、海外で活動する考えはあるのですか。
お話があればやらせていただきますが、アメリカ人になる気はないのでその重要性は感じないですね。ただ、アメリカ人と結婚すれば別ですけど。
アメリカのジャズと日本のジャズは違いますか。日本のジャズを意識しますか。
気合が違います。アメリカ人のジャズはやはり上手いですね。若い人でも自然にジャズを演奏するしジャズとの距離が近いという感じがします。
日本のジャズという意味では日本の民謡を1曲ジャズで演奏したことがありますが、それではやはりメッセージとして薄いですね。
日本で暮らしていて日本で演奏していれば間違いなく日本人のジャズになると思うのです。目指すところはアメリカのジャズですが日本人がやれば日本人のジャズになると思います。特に引け目は感じませんね。
最近ジャズは多様化していますが、矢野さんの考えるジャズとは何ですか。
私は明確に1930年代から70年代までの音楽がジャズだと思っています。80年代のブレッカー・ブラザーズの例外もありますが、それ以降はジャズは終わっていると思います。
私は古典をやっているつもりで一度完成したジャズを振り返って勉強していると言えますね。まだ、昔の音楽を愛している方も沢山いるのでビバップと自分の個性の融合なんて考えたこともありません。
いま矢野さんが注目しているミュージシャンは誰ですか。
エイミー・ワインハウスです。グラミー賞もとりましたね。しゃべり方はビリー・ホリデイに似ていますね。それから、クリスティーナ・アギレラです。14、5歳くらいから大スターですね。彼女もボーカルでとても上手いです。
インスト・プレーヤーなのにボーカルが好きなんですね。ご自身で歌を歌いたいと思っているのではありませんか。次のCDでボーカルを1曲くらい入れたらどうですか。
はい、ボーカルは好きですね。でも私、歌は下手なんです。歌が歌えたらサックスなんかやっていません。キャンディー・ダルファーさんみたいに上手ならいいですけど、本当にだめなんです。
いま女性ミュージシャンの活躍が目立ちますが、どう思いますか。
いいんじゃないですか。私が知っているのは小林香織ちゃんや市原ひかりちゃん。それとnoonちゃんですかね。
市原ひかりさんが先日NHKの番組「トップ・ランナー」に出演していて、メジャー・デビューにあたり若い年齢と女性であることで得したというような話をしていましたが、どう思いますか。
はい、彼女とは女性でよかったよねとよく話しています。でもジャズ界のアイドルと言われてもジャズとアイドルを両方やるなんて不可能ですね。アイドルって大変ですよ。アイドルと言われるのは有難いですけど。
先日、ギンザ・ジャズフェスフェスティバルで拝見しましたがすごいファッショナブルでびっくりしました。ウエストがきつくて大変そうですが。
あれではアイドルではないですよね。(笑)
コスチュームはいつもあれより10cmきつくしめて練習しています。本番ではウエストにぴったり来るくらいにしてやっています。逆に背中をしめるのはきついですね。
どのようなミュージシャンになりたいですか。
音楽やるために生きているんではないんです、生きるために音楽をやっているんです。
長生きすることが一番えらいとムーディーさんも言っています。
「生活するために、楽しむために音楽をやる」、そう言えるミュージシャンになりたいと思っています。
もう一つ、女性でバンド・マスターでやっているわけですが、男性ミュージシャンを使うというのはとてもデリケートなんです。女性としての位置をわきまえて仕事をすることを心掛けたいと思っています。以前、秋吉敏子さんや八代亜紀さんと仕事させていただいたことがありますが、すごくかわいらしいんですね。間違えたことはごめんなさいって言いますし、あの秋吉さんが判らないことはバンドメンバーに教えて下さいと言っていらっしゃいましたがとてもかわいらしいと感じました。女性の位置をわきまえて仕事ができればいいと思っています。
どうも有難うございました。
今後のご活躍を期待しています。
−個性は自然と自分の演奏の中に入ってくると思いますという言葉どおり、あらかじめコメントを用意した応対ではなく、その場の雰囲気で感じたことを話して頂きました。
飾らない自然な対応に好感を持ちました。また、14歳からプロ・ミュージシャンとして活動してきた自信がにじみ出た応対でした。−
(2008.12.16)