プロフィール

菊地雅章(きくち・まさぶみ )(ピアノ、作編曲)

93年10月19日、東京に生まれる。58年に自己のトリオでプロデビューし、66年に富樫雅彦とともに渡辺貞夫カルテットに参加。67年には日野皓正との双頭による日野=菊地クインテットを結成する。68年、ソニー・ロリンズの日本ツアーに参加した後、バークリー音楽院で学ぶ。帰国後、尺八の山本邦山、ゲイリー・ピーコックとレコーディング。72年1月には再び渡米し、エルヴィン・ジョーンズ・グループに参加。ニューポート・ジャズ・フェスティバルをはじめ、ニューヨークやトロントなどで演奏を行う。帰国後は、ギル・エヴァンスを招聘してライヴを敢行、同時に『MASABUMI KIKUCHI with GIL EVANS』で、ジャズにおけるオーケストラの可能性を拡充して見せる。

73年には米国に移住し、活動の本拠地をNYとする。76年、日野皓正に加え、アル・フォスター、スティーブ・グロスマン、デイブ・リーブマンといった70年代(電化時代)のマイルス・デイヴィスのグループでお馴染みの面々と『WISHES/KOCHI』をレコーディング。78年には、ギルやアル・フォスターの推薦もあり、ついにマイルス・デイビス・グループに参加。音源化されていないものの、マイルスやアル・フォスター、ジャック・デジョネットらとリハーサル、録音を行った。マイルスは菊地を「キース・ジャレットと並ぶフェイバリット・ピアニスト」と絶賛。

81年、後にデートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデンがカヴァーする「CIRCLE/LINE」を収録した『SUSTO』、及び『ONE -WAY TRAVELLER』を世界同時発表。90年代を通じてDJサイドから絶大な評価を受け、後に古典的名盤と化す。この流れを受け、クラブDJたちとのコラボレーション・アルバム『RAW MATERIAL #1』を96年に制作し(ここからカッティングされた12インチはNYでヒット)、99年にはケン・イシイの『スリーピング・マッドネス』に参加する。

また、83年から、NYのスタジオに膨大な数のキーボードをセッティングし、リアルタイム・シンセサイザー・パフォーマンスによるレコーディングをスタート。自身で構築した音のモチーフに対し、菊地ひとりがリアルタイムでインプロバイズしてゆくこの作業は88年まで続けられる。 89年には、深い内省を見せる初のソロ・ピアノ・アルバム『ATTACHED』をリリース。90年、ニューヨークでのゲイリー・ピーコックとの共演をきっかけに菊地雅章(p)、ゲイリー・ピーコック(b)、ポール・モチアン(ds)によるピアノトリオ、テザード・ムーンを結成。

並行してピアノ・ソロにも力を注ぎ、94年には青山のBody&Soulで、2週間にわたる深夜のピアノ・ソロ・ライヴを行い、アルバム『AFTER HOURS』として発表。02年には『AFTER HOURS2』もリリースしている。96年、吉田達也、注目の若手ベーシスト菊地雅晃とスラッシュ・トリオを結成。同年、このトリオにグレッグ・オズビーを加え、全国ツアーを行う。

2005年、「KO Project(菊地雅章=グレッグ・オズビー) /Beyond all(ビヨンド・オール)」を発表、 一切の装飾を排した、ストイックかつ緊張感溢れる演奏が収められている。

2007年、日野=菊地クインテットをリユニオンし「カウンターカレント」を発表。


写真提供:55RECORDS

現在リーダーアルバムは50枚を超え、マイルス・デイヴィス、ギル・エヴァンスの継承者との呼び声も高い。

菊地雅章オフィシャル・ウェブサイト www.cyborg.ne.jp/~poo-sun/