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プロフィール
峰 厚介(サキソフォン)
1944年 東京生まれ。
中学時代ブラスバンド部こ入りクラリネットを吹きほじめる。
17才頃にはクラリネット奏者としてアルバイトをはじめる。この頃よりアルトサックスも手掛けはじめる。
高校2年の頃ジャズ喫茶でレコードを聴いたのがジャズとの出会いである。
その時はアート・ブレーキー「モーニン」などがよく聴かれるファンキージャズブームの頃である。
1963年にジャズバンドに入り、ジャズクラブなどでアルパイトプレイヤーとして演奏をはじめる。
1969年にピアニストの菊池雅章に見い出され彼のバンドに入団し、解散する1973年まで同バンドに在籍する。
1970年には初のリーダーアルバム「MINE」発表する。この年スイングジャーナル誌読者人気投票のアルト・サックス部門において渡辺貞夫に次ぐ第2位となり新人アルトプレーヤーとして注目を集める。
1971年にはMal Waldronの日本公演及びライブレコーディングに参加、同じく菊地雅章とJoe Hendersonのコンサートにも参加する。この年よりテナーサックスを吹きはじめる。
1973年菊地雅章バンド退団後、ニューヨークに渡り2年間滞在する。この間にも一時帰国、菊池雅章コンサートに出演、自己のアルバムレコーディングも行なう。
1975年帰国後すぐに自己のグループを結成し演奏活動を開始する。
1976年にGil Evanceオーケストラの日本公演にアルトプレイヤーとして参加する。
1978年には本田竹広(Pf)などとネイティブサンを結成し、コンサート活動やアルバム制作(計8枚)を行いジャズ・フュージョングループとして人気を博す。
1983年には同グループでサンパウロ(ブラジル)、モントルゥー(スイネ)のジャズフェステイパルに出演ニューヨークのボトムライン、7thアヴェニューサウスでもライブを行なう。
現在は1992年こ結成Lた自己のクインテットを中心に演秦活動を行い、1993年には同グループによる久々のリーダーアルバム「MAJOR
TO MINOR」を発表し、この年のスイングジャーナル誌ジャズディスク大賞において日本ジャズ賞を受賞する。
1996年にほ同クインテットでニューヨークのジャズクラブ「バードランド」に出演、10月には同クインテットの3枚目になるアルバム「BALANCEZ」を発表した。
2004年には渋谷 毅、林 栄一を迎えリーダー作「Rendezvous」を発表。
2008年には、峰厚介カルテットに“ネイティヴ・サン”の福村 博、若手ナンバー・ワンの人気・実力派、松島啓之らを迎えたスタンダード作品「プレイズ・スタンダード」を発表。
スイングジャーナル誌のポールウィナー・テナーサックス部門では1991年より8年連続(通算10回)のウイナーに輝いている。

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