プロフィール

中山英二 (ベース)

1948年11月21日、北海道札幌に生まれ、 10代の頃からR&Bやロックの歌を歌っていた。
20歳を迎えた頃にべースに転向、クラシックのベース奏者より厳しいレッスンを受け、ベーシストとしての基礎を固めた。
24歳の頃に上京し、フルバンドやタレントの伴奏活動.また「ピットイン」のティールームなどでジャズ活動を続け、 1975年に札幌に戻り、北海道を中心にジャズベーシストとして活躍、この頃、北海道に’中山あり’と東京のミュージシャンの間に知られるようになる。 (この時、このアルバムのプロデューサーの横田氏と初めての出会いがある) 。
78年には、岩手県陸前高田のジャズ喫茶「ジョニー」の自主制作レーベル、ジョニーズ・ディスクより「アヤのサンバ」 、翌年に「マイ・プレゼント・ソング」の2枚を発表する。

やがて、日本有数の新人発掘レーベルであり、その頑固で一貫したプロデュースによって、永年の鑑賞に耐え得るレコードを数多く創り出しているTBMレーベルに「北の大地」を、 82年に録音し、本格的な中央デビューを果たした。

その後、エルビン・ジョーンスのグループ「リズムマシーン」に抜擢される。またドン・フリードマンとのデュオ活動を86年より開始、その最初の成果が「カンヴァセイション」 (DIW-アートユニオン)として結実、 87年には「スイートピュー/ライブ・イン・ジャパン」 (アポロン)と,今回センチュリーレコードから再発売される「ファー・アウェイ・ランド」さらに88年には、エリオット・ジグムンド(ds)を加えたトリオにて「湖の伝説」を録音している。そうした一連の成果を経て、新たに口ーランド・ハナを共演の相手として、次なるステップに踏み出した。
リチャード・デイヴィスのトリオでのツアー中に、ハナの持参したチェンパー・ジャズ・トリオのテープを聴いた中山と、意気投合し、 89年のチェンパー・ジャズ・トリオのツアーに中山がゲスト参加してハナ−英二のデュオコンビが生まれた。1990年5月-6月にかけて行われたツアーの最後の仕上げとして、「MEMOIR〜One For Eiji〜」(Whata's New Records)が録音された。
更に、1996年5月-6月にかけて行われたローランド・ハナとのデュオによる4年ぶりのツアーのあと「HUSH-A-BYE〜Dedicated To Roland Hanna〜」(Whata's New Records)を録音した。